音楽史を混乱させている反リスト派
一昨日の記事での専門書の正しくない記述に関連する事ですが、ショパンの伝記を何冊か読んでいると、リストがショパンと比較されて下げられたり、ショパンとリストの友情を否定する記述を目にします。
これらは反リスト派によるものと思われます。
反リスト派はショパンの存命中から現在に至るまでの長きにわたり存在し、不自然なリスト下げを行っているようです。
反リストなショパン本は、ショパンに関する記述が素晴らしいだけに影響力が強く、リストに関する否定的な記述も読者に鵜呑みにされてしまいがちです。

以前私の漫画の読者さんから「学校の音楽ではリストはショパンに嫉妬していたと習った」と意見を頂いた事があり、愕然としました。
反リストな記述を鵜呑みにした教師が生徒に誤った情報を教えているのはとても残念な事です。
実際は揺るぎないNo.1の座にいたリストは嫉妬から解放された状態で、仲間を支援する役割をも果たす事が出来ました。
それでいて王者の地位に甘んじる事無く気絶するほどハードな練習をしたりしていました。
そしてリストはショパンをずっと敬愛していました。これはリスト本人の著書からも窺えます。
それに対してショパンのリストに対する気持ちは何度も揺れていて、そこが2人の関係の興味深い所でもあります。

リストの人物像を偏見無く知るには、

「フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか」
(http://www.shinchosha.co.jp/book/610547/)、

ショパンとリストに友情があった証拠になる本としては、

「パリのヴィルトゥオーゾたち」
(http://amzn.to/2yOV9eC)
がおすすめです。

後者はショパンとリストに弟子入りしたロシア人が書いた本で、2人の以心伝心なエピソードが微笑ましいです。
私も作品などを通してショパンとリスト2人の人間関係の本質に迫り、興味のある方に知って頂ければ嬉しいな、という思いで活動しています。
[2017/10/26 00:00] | 音楽家語り | page top
安達朋博さん日本デビュー10周年リサイタル
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安達朋博さんの日本デビュー10周年ピアノリサイタルに行ってきました。
安達さんはクロアチア音楽の普及に尽力されていて、「僕のショパン」のドラマCDではピアノ演奏を新録収録して頂いたピアニストさんです。
今回は2時間を超える大ボリュームのリサイタルでした。
ストラヴィンスキーの「火の鳥」のグリッサンドの嵐が柔らかく多彩で魅了されました。
ショパンの「ソナタ2番」は今回の曲目の中では私には一番馴染みのある曲でしたが、始めの1音から良い意味で予想を裏切る音色で、たった4小節の前奏で、どんな演奏が始まるんだろうというワクワク感で一杯になりました。

ショパンのソナタは全3作あり、この2番は全4楽章で、この4曲をひっくるめて「ソナタ」にしたのは現代の感覚で見ても相当攻めたな、という印象です。
普通のソナタを想像して初めてショパンのソナタ2番を聴くと、聴き終わった後に「今のは何だったんだろう…」という感想を抱く事必至です。

ソナタと言えば古典派の定番ですが、ロマン派の1830年代になるとソナタを作曲・出版するハードルが上がります。
1作目のソナタを作った若きショパンは、ソナタというジャンルは時代遅れで売れないという理由で出版してもらえませんでした。
リベンジに燃えるショパンは20代で2作目の斬新すぎるソナタ2番を作ります。
これは無事出版されましたが、シューマンに「これは音楽ではない」と評されてしまいます。
(ショパンも以前シューマンの謝肉祭を「あれは音楽ではない」と評したのでお互い様。ちなみにどちらもけなしているわけではありません。)
30代のショパンは3作目の、斬新ながらも正統派の印象も与える最後のソナタ3番を作曲・出版しました。
3作のソナタの変遷から、見た目は天使で妖精なショパンの内に燃え滾る負けず嫌いで努力家な性格が窺えます。
今日はこの大好きな曲を安達さんの演奏で堪能することが出来ました。

安達さんのコンサートは観客との心の距離が近く、安達さんがお客さん達に愛されているのが凄く伝わってきます。
こちらのリサイタルはあと名古屋(10/27)と東京(11/3)で開催されますので、お近くの方はぜひ!
[2017/10/20 00:00] | 音楽家語り | page top
ショパンに萌え上がらなかった人々〜驚異の免疫力
…それはショパンのポーランド時代からの友人達です。

注目すべきは彼らがショパンの可愛さに免疫があるという事です。
ショパンの事を妖精扱いも女性扱いもせず、普通に男友達として接しているのです。
少年時代から一緒にいたから当然かもしれませんが、パリでショパンと出会った人達がショパンのあらゆる言動に見とれていたのと比較すると、これは大きな違いだと思いました。

ショパンは人前では人好きのする愛嬌と自分の内面には触れさせないつれなさのギャップで人々を魅了していました(ショパンが無理をしていたのは上流階級のルールに合わせる事であり、ショパンの愛される性格は演技ではなく天然です)。
それに対して祖国の友人宛の手紙ではショパンのツンデレの振り幅が大きくなっており、激しいツン状態と思いっきりデレる様子が見られます。

ショパンの逸話を知って、ショパンの人物像に益々魅力を感じたり、ショパンが愛されキャラだと感じる人は結構いらっしゃると思います。
ショパンのツンデレが何故可愛い印象を与えるのか、書簡や伝記を読んで私は気付きました。
それは、ショパンがツン状態に陥る理由は大抵「寂しさ」が原因だからです。
なのでショパンのツン状態は攻撃性ではなく愛おしい印象を読み手に与えています。
可愛いツンデレは二次元にしか存在しないと言われていますが、ショパンの奇跡は音楽の才能だけでなく、三次元で可愛いツンデレを体現していた事も挙げられると思います。

10代の頃によく見られるショパンの友人宛の手紙は、冒頭は激しいツン状態で始まり、徐々にそれが寂しさで取り乱したせいだと分かり、最後には思い切りデレて友情を表現しているもの。
ああ、自分の事こんなに思ってくれるほど寂しかったんだね、と冒頭の罵りが帳消しになるほどの愛おしい読後感になっています。

ショパンのポーランド時代の書簡・友人達の詳しいプロフィールも収録
そして20代以降のユリアン宛の手紙でよく見られるのは、連続するツン状態からの不意打ちのデレの一文です。
色々使いっパシリを頼むのと同じテンションでデレの一文が書かれているので、結局寂しいの!?とクスッと笑える憎めない印象に仕上がっています。
どれも可愛く見せよう等という意図が全く無く、素直さが可愛さになっているが特徴です。

パリで出会った人々はショパンのよそいきのお澄まし状態のちょっとした仕草や表情に萌え上がっていましたが、もしその人達がショパンが書いたポーランド宛のデレッデレの手紙を見たら、萌え死にしてしまいそうです(笑)。
そんなデレッデレの手紙を見ても平静を保っていたポーランド時代からの友人達の、ショパンの可愛さに対する免疫力は相当なものだと思いました。

ショパンは少年時代、普段から友人とじゃれあっていた様で、ティトゥスの家に遊びに行く時、じゃれあうのを楽しみにしているという手紙があります。
このような友達付き合いはショパンと友人達独特のもので、パリには無く、だからポーランドの友人達はショパンのデレに慣れっこだったのかもしれませんね。


ショパンは自分の事をあまり人に話さず、砂糖をまぶした牡蠣の様に閉じ籠っていると評されていましたが、寂しさには素直だと伝記を読んで感じました。
「ピアノを弾いてる間側にいて欲しい」と言って帰ろうとする友人を引き止めたり、サンドのルクレチア・フロリアニの朗読会で自分が小説のモデルにされた事を気付いてない振りをしながらも、「一緒にいてほしい」とドラクロワに言ってその晩一緒に過ごしてもらったり。

ショパンは「リストは数千の聴衆を前に弾くけれど、私はたった一人のために弾くことすら滅多にありません」と言っているので、「ピアノを弾いてる間側にいて欲しい」とショパンに引き止められた人は自分が特別だと感じて嬉しくなったと思います。
寂しさに素直なショパンの性格はとても可愛い印象ですね。

ちなみにドラクロワはリストやレンツと違ってショパンにソフトな萌え方をしていた様です。
ショパン(30代後半)は無邪気だなあ、と眺めてほっこりしている様子がドラクロワの日記に残っています。

それから普段優柔不断なショパンが行動力を発揮する時も寂しさが原因になっているかもしれないと気付きました。
寂しさMAXの時ショパンは大胆行動に出ています。
ご興味のある方はぜひ、ショパンの寂しさと行動力が比例している事を伝記本を見ながら確かめてみて下さい。
[2017/07/30 00:00] | 音楽家語り | page top
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