リストがショパンとの思い出の曲を出版しなかった理由
リストの「メンデルスゾーンの無言歌による大コンツェルトシュトュック」は、ショパンと一緒にクリスマスに演奏した思い出の曲なのに、生前出版されませんでした。
何故ヘクサメロンの様に出版して大事に弾き続ける事がなされなかったのか。
楽譜にあるレスリー・ハワードの解説を参考に、その理由を推測してみました。


分かっている事実は、リストとショパンが1834年のクリスマスに弾いた事、
その後立て続けに他のピアニストと弾いた事、
そして何らかの理由で出版しなかった事、です。
楽譜は保存状態が悪く、最後の方がバラバラで失われた部分もあるそうです。
リストはこの作品のページ番号を打つのを途中でやめているそうで、リストの口癖「どうでもいい」が垣間見られる気がしました。
リストの書簡集は日本では出版されていないので伝記本に掲載されているいつくかの手紙の内容しか見る事が出来ませんが、「どうでもいい」が何度も出てきます。
リストは1835年4月9日に弾いた時、曲の最後の方で気絶して担架で運ばれたそうです。
記録に残っているだけでもリストはコンサートで何度か気絶していますね…。

浮かれて合鍵事件を起こしてしまったリストなので、浮かれたという推測でこの謎を描いてみました。
漫画ではリストから他のピアニストに話を持ちかけた風に描きましたが、アイドルピアニストのリストとショパンに憧れた女性の方からリストに弾きたいと持ちかけたのかもしれません。
もしリストから持ちかけたのなら、リストがショパンのかわりに女性を選んだというのが萌えポイントですね。
リストは著書「ショパン」でもショパンの事を女性や乙女に例えています。

1834年から立て続けに弾いているので、はじめはこの曲を気に入っていたのではと思いました。
他に考えられる理由は、編曲をメンデルスゾーンに怒られたか、気絶して弾くのも出版するのもやめた、等でしょうか。
現在楽譜はこちらで入手出来る様です。サイトにハワード氏の解説の訳の一部も載ってます。
私は日本のアマゾンでこの楽譜を買いましたが現在取り扱っていないみたいです…米アマゾンにはありました。
僕のショパンのドラマCDが(部分収録ではありますが)おそらくこの曲の日本初録音です。
リストとショパンの思い出の曲をぜひ聴いてみて下さい。
検索したらついにこの曲が収録されたCD「Fantasie」が10月に日本から出るみたいです。
[2013/09/02 00:00] | 音楽家ラフ漫画 | page top
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